どこからが政治かーIntroduction
今回は政治の「はじまり」について学んでいきます。政治の「望ましい本質」とは前回扱ったように、「領民が幸せに生活できるように、権力を使用して国を治めること」だと説明しました。ではその思想はどこから来ているのか、ということを説明していきたいと思います。
でも考えてみれば、僕らは政治を「友達関係」から始めていたのかもしれません。何人かで遊ぶときに、内容で対立したとき…。色々やったのではないでしょうか。じゃんけんとか順番にやるとか。それも最小単位の政治かもしれません。
ところで、大学行って政治を勉強したいという人は講談社現代新書から出ていて、宇野重規先生の「民主主義とは何か」を一読されることをお勧めします。民主主義には絞っていますが、政治の本質について新書レベルで噛み砕いて解説されています。以下リンクから、購入ページに飛べます。
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政治以前の世界
「政治」とは、人間の誕生とともに生まれた概念ではありませんでした。キリスト教の言い伝えを借りますが、アダムとイブが生活していた話に、政治の「せ」の字も存在しません。それについては改めて説明する必要性もないでしょう。しかし、中学校の歴史で言う石器時代とか縄文時代とかになると、食糧をめぐっていわゆる「ムラ」どうしで争いごとを始めるようになりました。するとですよ、権力格差が生まれるわけです。
どういうことかというと、この時代なんて「勝ったやつ正義」理論が成立するわけじゃないですか。だからそういう争い事を続けていると「相対的に権力が強い奴」が誕生していくわけです。こうして統治する必要性ー正しくいうなら「支配」する必要性が誕生していくんです。
民主政治の誕生
古代ギリシャのアテネでは、紀元前5世紀頃から民主政治が始まったとされています。これは、すべての自由市民が集まって直接投票を行い、政策決定を行う「直接民主制」でした。この制度では、多数派の意見が政策となり、少数派の意見は採用されませんでした。しかし、全員が参加する政治は、参加者の人数や知識、教養の限界から現実的ではありませんでした。
前項で述べたとおり、戦争をこの後古代ギリシャでも繰り返していって、民主政治からは遠く離れた、「支配するための政治」に戻っていくんです。それを繰り返していくと、特権のある身分である「領主」とか「騎士」が土地と領民を支配する「封建制」になっていきました。
最近の映像作品とかで説明することって難しいんですけど、10年くらい前の作品で、たびたび再放送されてる朝ドラ「花子とアン」に出てくる、吉高由里子演じる主人公の実家がこれに近いものだと考えてください。
この政治を続けていくと、隷属している人間からですね、不満が出てくるわけですよ。そうやって出てくる不満をどうにか処理したいと考えていくんです。それを「神様」という概念に担ってもらおうという考えに次第に変わっていきます。それが「王権神授説」という学説です。この学説によれば、「王様」という権力は「神様」からもらったんです。だから、正しいんです!!!!という理論です。おおよそ現代では成立しないと思われますが、背景を説明しておくと、この時代は科学技術がそこまで発達していなかったことから、自然現象などのすべては「神様」の思し召し、という考え方だったんです。だからこの学説は、民衆に広く支持されました。
と、支持されたと説明しましたが、それでも一般民衆の職業が農業から商工業に移っていくと、そんなことも通用しなくなりました。そのような階級「市民階級」をカタカナ用語で「ブルジョアジー」と言います。彼らが身分的な支配とか差別とかと戦う「市民革命」が勃発していきます。具体例を挙げていくと、英国の「ピューリタン革命」「名誉革命」、米国の「独立革命」、フランスの「フランス革命」があります。余談ですが最後の「フランス革命」はフィクション色が非常に強いですが、有名な作品として、ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」があります。教養として、ぜひ1回は読んでおきたい・見ておきたい作品です。以上のように民主主義は確立されました。
民主主義は現在代表制民主主義が主流となっています。これは、市民が選挙で選ばれた代表者に政策決定を委ねるシステムで、選挙によって選ばれた議員が市民の意見を代表して政策決定を行います。これにより、大勢の市民の意見や利益を反映した政策が採用されやすくなります。
ところで似た言葉に直接民主制と代表制民主主義があります。これらは、市民の参加の形が異なるだけでなく、その本質も異なります。直接民主制では市民自身が政策を決定しますが、代表制民主主義では市民は代表者を選び、その代表者が市民の意志を反映した政策を作り出す役割を担います。これにより、政策決定過程に専門的な知識を持つ人々を投入することが可能となり、より高度な政策が生まれやすくなります。
社会契約説
社会契約説とは、人間が生活の秩序と安全を保つために、一部の自由を放棄し、その代わりに国家に権力を委ねるという理論です。この理論は、政治哲学において国家の正当性や権力の源泉を説明するために用いられます。
トマス・ホッブズは、この理論を最初に提唱しました。彼は、自然状態(人々が何の規律もなく生きる状態)を「万人の万人に対する戦争」と表現しました。このような混乱から脱するためには、人々は絶対君主に権力を委ね、秩序ある社会を形成するべきだと主張しました。ホッブズの見解では、人々は安全と秩序を求め、自己の自由を一部制限することを受け入れるでしょう。
一方、ジョン・ロックの社会契約説は、ホッブズのものとは異なります。ロックは、人々が自由を譲り、国家に権力を委ねる際には、生命、自由、財産の保護を条件とすべきだと主張しました。これは、国家の役割は市民のこれらの基本的な権利を保護することであるという考え方を示しています。ロックの理論は、現代の自由主義民主主義の基本的な原則とも言えます。
さらに、ジャン=ジャック・ルソーは「一般意志」という概念を提示しました。市民全体の利益と一致するものが一般意志であり、それを基に社会契約を結ぶべきだと彼は主張しました。ルソーによれば、国家は全ての市民の利益に奉仕するべきであり、そのための権力を市民から委ねられるというのです。
これらの理論は、現代の民主主義の基盤となっています。人々が自己の利益と社会全体の利益をどのようにバランスさせ、公正な社会を形成するかという問いへの答えとして、これらの理論は重要な示唆を与えています。
基本的人権の発展と自由権と社会権の進化
基本的人権は、人間が尊厳と平等を保障されるために必要な権利を指します。これは、我々が社会の一員として生きていくために保障されるべき最低限の権利です。基本的人権の発展を詳しく見ていくと、「自由権」と「社会権」の2つの大きな流れが見て取れます。
自由権は、市民が国家から不当な干渉を受けずに自由に行動できる権利を指します。これには、思想・良心の自由、表現の自由、集会・結社の自由などが含まれます。これらの自由権は、18世紀の啓蒙時代に提唱されました。この時代、人間は理性を持つ存在として認識され、その理性に基づいて自由に意思決定を行う権利が確立されました。特に、フランス革命やアメリカ独立戦争を通じて、自由権の重要性が広く認識されるようになりました。
その一方で、20世紀初頭の産業革命以降に認識されるようになったのが「社会権」です。社会権とは、国家が市民の生活を保障するために必要な権利を指します。これには、労働の権利、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、教育を受ける権利などが含まれます。産業革命によって労働環境が劣悪化し、多くの市民が生活に困窮するようになると、国家が市民の生活を保障するための権利として、社会権が認識されるようになりました。
要約
このように、自由権と社会権は、社会の変化とともに確立されてきました。自由権は、個々の市民が自由に行動できる社会を確立するために必要な権利です。一方、社会権は、全ての市民が安定した生活を営むことができる社会を確立するために必要な権利です。これらの権利は、我々が公正で平等な社会を作り上げるための重要な基礎となっています。

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